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第1章 設立の背景と基本理念

1-1 設立の時代的文脈

 1960年代のフランスは高度経済成長の真っただ中にあり、工業化・都市化の波が農村部を直撃していた。農業の機械化と欧州共通農業政策(PAC)の影響で山岳農業の収益性は著しく低下し、農村から都市への人口流出(exode rural)が加速していた。

 ヴェルコール高原の農業従事者たちは、この危機に対して受け身の姿勢を取らなかった。1965年、グルノーブル冬季オリンピック(1968年)の準備が進む中、農業所得を補完するための観光活動への参入を模索していた農家の有志たちが、グルノーブル商工会議所、「民衆と文化(Peuples et Cultures)」協会、さまざまな大衆観光組織と協力して研修機関の設立に踏み切った。これがAFRATの誕生である。

 創設者の中心人物であったジャン・フォール(Jean Faure)は後にオートランの村長、さらには上院議員となり、1985年のフランス山岳法(Loi Montagne)の起草責任者を務めた。AFRATという草の根組織の活動と国家政策が深く結びついていたことは、組織の社会的影響力の大きさを物語っている。

創設の直接的契機1965年3月、ヴィラール=ド=ランス地区の若手農業従事者たちへのヒアリング調査が実施された。「農家民泊への取り組みを妨げているものは何か」という問いに対する回答は一致していた:「研修が必要だ」。この調査結果を受け、1965年6月にAFRATが正式に設立された。

1-2 基本理念と価値観

 AFRATの理念は公式サイトに明示された6つの価値観に凝縮されている。これらは設立から60年を経た今も変わらず組織の行動指針となっている。

  • 農村・山岳地域において生活し、働くことの可能性を高める
  • 農村の宿泊客と研修生を地域の資源・文化に感応させる
  • 地域の制約と強みを踏まえつつ、人間を活動の中心に置く
  • 農村・山岳空間のポジティブなイメージを発信する
  • 都市と農村の絆を創出する
  • 地域資源の価値化を域内外で促進し、エコ責任ある取り組みを推進する

 特筆すべきは、これらの価値観が「保護・保存」よりも「活性化・価値化」に重点を置いている点である。AFRATの創設者たちは農村を「変化から守るべきもの」ではなく、「変化を主体的に活かすべき場」として捉えていた。この能動的な姿勢が組織の60年間の継続性を支えてきたといえる。

1-3 AFRATモデルの独自性

 AFRATが他の職業訓練機関と根本的に異なるのは、「訓練のための訓練」ではなく「地域のための訓練」という哲学を貫いていることである。研修の内容は常に地域の経済・社会・環境的文脈と直結しており、修了者は単なる労働力としてではなく、地域開発の担い手として育成される。

 さらに、AFRATは創設当初から「複合活動(pluriactivité)」を前提とした研修設計を採用してきた。山岳農村では一つの職業だけで年間を通じた安定収入を得ることは難しい。農業×ツーリズム、スキーインストラクター×ハイキングガイドといった複数活動の組み合わせこそが持続可能な山岳定住を可能にするという認識が、1965年の設立時から組織のDNAに刻まれている。